渋川の古桜と観音山

2004年4月8日、心配していた雨もすっかりあがり、
群馬県甘楽郡の宝積寺(ほうしゃくじ)に
甘楽名木とされるしだれ桜があると知り、早速向かいました。

甘楽郡は昔から栄えた城下町小幡で有名なところです。
小幡には武家屋敷や桜並木に沿って流れる雄川堰(おがわせき)などがあり、毎年4月第2日曜日に行われる武者行列は一見の価値があります。
目指す曹洞宗宝積寺は、城下町を通り過ぎ、車で10分ほどのところにあります。
山の中腹に佇んでおり、境内からの眺望は山々を眼前に見ることができ、大変空気の澄んだ美しい所です。

宝積寺は、13Cに天台宗のお寺として栄え、その後国峰城主・小幡実高(おばたさねたか)が、茨城県東昌寺より即庵宗覚禅師(そくあんそうがくぜんじ)を招いて曹洞宗として再興。
小幡氏が滅ぶとその後の小幡藩主となった織田家(信長の子孫)の菩提寺となる。
最近まで「上州の三地獄」と言われる程、厳しい修行道場として栄え、全国より多くの修行僧が参集したといいます。

こちらが目的のしだれ桜。
奥に(左)が本堂、桜の手前(右)に観音像があります。
この観音像には悲しい物語がありますが、それは後ほど説明します。






このお地蔵さんは「身替地蔵」。
古くから内臓病に効くと言われ、首の付け根や背中に削られた跡があり、その石を飲むと病気が癒されたといいます。
古いのか削られたのか、お顔は殆ど判別のつかない状態になっていました。












しだれ桜の右手に鎮座する「なでほてい」。
大変愛嬌のあるお顔をしています。
天を仰ぎ笑っている様は見ている私たちの心も明るくしてくれます。
頭を撫でながら参拝する習慣があるそうです。
そのため「なでほてい」。
私も撫でてみましたが、すっかり磨かれてピカピカツルツルのいい感触が伝わってきました。







本堂横には大きな岩が注連縄を巻かれ、卒塔婆を立てられて置かれていました。
これは「天狗の腹切り石」と呼ばわれています。
昔から多くの修行僧がこの石を上で座禅を組んで修行しました。
伝説によると、1563年に小幡氏の内紛により宝積寺合戦が起こった。
2メートルを超える巨体の僧・巌空坊(がんくうぼう)は、丸太を振り回して応戦したが、堂に火を放たれ、力尽き、この石の上で切腹したといいます。


しだれ桜と観音様については次のページにて。






境内よりの眺望。空と山とソメイヨシノ。

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