「ちょっとした風景」へ

羽黒・湯殿・鶴岡巡り

24日は結婚式&披露宴の後、博多駅前のホテルへ移動。
25日に太宰府天満宮と観世音寺、余裕があれば博多市内を歩き、午後3時15分発の延岡行の高速バスに乗る予定でした。
前日の雪模様から一転、見事な晴天となる。
ただ宿泊したホテルが有機リン系ワックスか何かを使用していたらしく、化学物質過敏症の私はたちまち具合を悪くする。目なんて真っ赤に腫れてしまいました。
そういう事もあり、朝8時過ぎにはチェックアウト、荷物を高速バス乗り場のある福岡交通センタービルのコインロッカーに入れ、地下鉄を乗り継いで、西鉄天神大牟田線に乗り換える。
太宰府駅には午前9時前には着いてしまいました。
まだ参道のお土産屋は開店準備中。
のんびりと歩いてまずは太宰府天満宮へ向いました。
時間が早かったためか、人はまばら。
ただ失敗だったのが、月曜日だという事。
博物館関係は全て閉館状態です。
これは最低もう一回は来なくてはならないという事のようです。


左画像は、鯱立ちの狛獅子が珍しく、つい食指が動いてしまいました。
一体何を意味しているんでしょう。







石のどっしりとした鳥居を潜ると心字池が広がっています。
こちらは向って正面左側にある島です。











心字池の中央に朱も鮮やかな太鼓橋が掛かっています。
何より人が少ない所が良かったですね。
のんびりと風情を楽しみながら渡りました。









太鼓橋の向って右側に、いつくかの末社がありますが、
これはその中のひとつ、「志賀社」です。
海神・綿津見(わたつみ)三神を祀っています。
国の重要文化財に指定されています。
長禄2年(1459)に建立されたと言われているとか。
小ぶりですが、見事なバランスを持った末社です。
ただ、有機リン中毒の影響で目の焦点が上手く合わせられず、
微妙に斜めってます。










太鼓橋を渡ると、一回り小さい鳥居があります。
その向こうに楼門が見えています。











こちらは、楼門手前の手水舎。
ちょうど韓国人観光客の集団とかち合ってしまい、
彼らが写ってしまいました。
色鮮やかで美しい手水舎でした。









楼門は大変荘厳で、その鮮やかさに圧倒されました。
太宰府天満宮は朱色が映えて、
厳かな勇壮さを持っています。








楼門を潜ると、広々としており、聖域を感じさせます。
信仰を集めている場所には自然とそれらの思いが染み込み、
その場の空気を清浄なものとします。
ここも大変心洗われるような心地よさを感じました。








そして、本殿。
以下ホームページより引用。

「菅公薨去(こうきょ)より2年後の延喜5年(905)8月19日味酒安行が祠廟(しびょう)を建て、同19年左大臣藤原仲平が勅により社殿造営を行ないました。その後兵火等により数度炎上しましたが、天正19年(1591)時の筑前国主小早川隆景が5ヶ年かけて造営、竣工したのが現在の御本殿です。桃山時代の豪壮華麗な様式を伝え、国の重要文化財に指定されています。」



この日は、梅花祭・飛梅講社大祭の日であり、
本殿手前にテントが張られており、
全体を見渡す事ができませんでした。

菅原道真というと、藤原時平に謀られ太宰府に左遷、
窮乏のうちに無念の死を遂げ、
その後都に種々の怪異が起こり、道真の怨念と恐れられた事は有名です。
そのために神として祀り、怒りを鎮めてもらったという訳です。
この辺りは調べれば、詳しい情報があるかと思いますので割愛。

また、「25」という数字は、道真に縁深い数字と言われています。
誕生日と左遷された日と亡くなった日。
その縁のある日に訪れてしまいました。




これは、本殿右側の有名な「飛梅」です。
8部咲きと言った所でしょうか。
道真が太宰府へ旅立つ時に詠んだとされる有名な歌
『東風吹かばにおいおこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれそ』
ここに詠われたのがこの梅であり、
主を慕って、この地へ飛来したと伝えられています。








この可愛い建造物がお御籤を引く所となっており、
セルフサービスになっています。
味があるので撮影。
中吉でした。



左下画像が、楼門を神苑から見た様子です。
紅梅が美しく、楼門の朱と相まって荘厳さを増していました。


友人の結婚式に出席するため、2008年2月23日に九州・福岡の地に降り立ちました。
九州初上陸です。24日に式と披露宴に出席した後、
25日は太宰府と博多市内、26日は神話の里・高千穂へ。
一人、気ままに散策してきました。

今回の旅は、天候に恵まれませんでした。出発日である23日は台風並の強風、飛行機の離陸に手間取り、
後になってその日は何便も欠航があったと知り、愕然。
友人の式当日は、博多だというのに朝から雪雪雪・・・積もりませんでしたが、九州まで来て、雪を経験するはめに。
太宰府と博多を歩いた25日はガンガンの晴れ。汗が出ました。
そして、今回の旅の目的地であった高千穂巡りの26日は、1週間も前から「春の嵐」との予報。
その予報を違わぬ天候となり、「局地的大雨や雷に注意」なんて天気予報で言う程。
高千穂から自宅まで一気に戻った27日、この日はまた晴天。
好天と悪天候を1日置きに経験しました。それもまた一興です。

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